レオニード・ブルンベルク (L. Brumberg)
ブルンベルクは、ロシア出身のピアニストでウィーンに亡命しました。
ロシアコンセルバトワールでハインリッヒ・ノイハウスに師事し、その後に彼のアシスタントを務めました。
ブルンベルクの父親は作曲家であり、ドミトリー・ショスタコービッチとは大親友で、よく家に遊びに来ておりました。その度に作曲法を教えて貰い、父親は息子を将来は作曲家にしたいと思っていましたが、本人は小さい頃からピアノニストになることを夢みていました。
ブルンベルクはピアニストであると同時に偉大な教育者でもあり、レッスンの時、恩師のノイハウスの話しを良くしていただき、その時の貴重な話が勉強になりました。
ブルンベルク自宅のピアノ横の壁にはモノクロームの写真が2枚掛けてありました。一枚はノイハウス、もう一枚はラフマニノフでした。どちらもロシアを代表する音楽家です。
ノイハウスのアシスタントをしていたブルンベルクもまた素晴らしい音楽家で、彼の演奏やレッスンは勿論だが、彼のピアニストとしての生き様には心を動かされました。
ある時、私に
「君はピアニストではなく芸術家になりなさい」
と言いました。
「ピアニストは星の数ほどいるが、芸術家は一握りだ。
だが、芸術家は人からは理解されない孤独で困難な道を歩む」
という言葉が今でも忘れられません。
小さい頃から芸術家に触れて育った私には、ブルンベルクの言いたい事は良く分かりました。
ブルンベルクは、生涯、孤高の芸術家として生きました。

