武者小路先生の思い出は、幼少時の為あまり多くは無いけれども仙川のご自宅玄関に出てこられた時の印象は強く残っています。

初めて訪問した時、私はまだ幼稚園児であり、黒っぽい着物を着て静かに佇んでおられた先生には近寄りがたい畏怖を感じた記憶があります。

暫くして、実篤先生は私がピアノを習っていると知って、一枚の小さな絵を下さいました。

一輪の侘助の花に

『天興の花を咲かせる喜び」

の言葉が添えてある絵でした。

頂いた頃暫くは、その意味を理解できませんでしたが、ピアノの上に置いていつも眺めていた。

そして、いつしかその意味が理解できるようなり、先生の志に励まされながら勉強をする様になりました。

先生の仙川のご自宅は、桐朋音楽大学の直ぐ近くで、私は7歳から桐朋の音楽教室に通っていた為、時々お宅に遊びに行っておりました。

入室のお祝いに、「愛」の字を色紙に書いて下さいました。

この時先生は89歳で、その1年後惜しまれつつ逝去されました。

武者小路家とは、実篤先生のお子さんお孫さんと3代に渡り家族ぐるみのお付き合いをさせて頂いております。

武者小路侃(かん)三郎さんは、「かんちゃん」と愛称で呼ばれており、しょっちゅう吉祥寺の我が家に遊びに来ておりた。

いつもニコニコしていて、時折、母に真っ赤な薔薇の花束を持って来て下さいました。

我が家では、母の手料理とお酒でいつも楽しそうに父と話しておりました。まだ幼稚園と小学生の頃でも親切に話しの相手をして下さいました。酔うと畳に横になりながら更に楽しそうに芸術家や芸術をしておりました。そのまま泊まって行く事もよくありました。

3代目の武者小路篤信さんは、「あぶちゃん」と愛称で呼ばれており、銀座にあった画廊にも遊びにも行っておりました。私のコンサートに来て下さった時は嬉しかったです。